子育ては壮大なる自身の人生経験 ~パート2~

あと数年で前半部分の子育て記録が終了します。そのため後半の10年は何を軸にすればよいかをこの数年間ずっと考えてきました。「医者だけの人生でははっきり言ってつまらない」と思っています。なぜそのように思うのか?それは「今でも医者は本当に自分の天職と思うか?」と聞かれれば「いいえ」です。「まだ他に自分がやりたいことがあるのではないか?」という自問自答の連続です。そのような意見を述べると必ず「そんなの、贅沢な考えだ」とか「甘えている」だとかいろいろな意見が出てきます。それは他人の意見ですから勝手に言わせておけばよいのです。本当にそのように思えば自分の性格としてどこかの政治家とは異なり議員辞職なり前言撤回は厭いません。ただ最近の風潮ではSNSをはじめとして相手に対しての意見や発言の内容があまりにも軽すぎます。何でも主張すればよいという風潮で「もしこの言葉を発したら周囲がどのように反応して自分にどのように跳ね返って来るか」など何も考えていません。

自分の過去を冷静に分析してみると今までの自分は進路を深く考えずに流されてきたという側面があります。それともう一つは自分が欲張りなのです。一石二鳥どころか聖徳太子が一度に7人の言葉を聞き分けたという言い伝えがありますが、性格的に一つの事に集中すると何も見えなくなりますが、そんな時間はほんのわずかしかありません。ほとんど残りの時間はいつもメインの仕事以外に別の事を二つくらいかけ持ちしながら同時進行しています。いつも睡眠時間を8時間とりながらも残りの16時間を有意義に使うには同時進行で複数の事をすれば人の2倍以上充実した人生が送れるのではないかという欲張りな考え方が自分の根底にあるのです。昔何かの雑誌で読んだことがあるのですが、一つのプロフェッショナルを究めるのは横綱を目指すようにかなり困難を究めます。しかし前頭でもよいので早めに引退した後にプロレスラーになってもう一花咲かせばある意味充実した人生を送れるかもしれません。そのためには全く畑違いの事はその基本知識や動作や作法の習得にかなり時間がかかりますので歳をとると流石にそれは難しい。だとすれば過去に少しでもかじったことから派生して自分に生かせる事をすれば、また第二の人生も有意義に過ごせるかもしれません。そんな第二の人生を現在模索中です。

前半は10年以上かけて高校までの数学や理科をおさらいしましたので、「後半はその知的財産を生かして尚且つ現在の仕事と両立していければいいな」というおぼろげな感覚を持っています。しかし具体的な内容はまだ当人もイメージできていません。それを後半の10年で具体化できれば良いと思っています。昔は60歳で定年退職でしたが、現在の長寿社会では65歳から70歳まで定年が将来的には伸びていきそうです。次男が完全に社会人になって独立するまでにまだ5年程度は残っていますので800回目の頃には自分の次の答えを見つけているかもしれません。それまでは二足わらじでしっかりと今は土台固めです。後半の1000回目のブログはあっという間にやって来そうな予感がします。

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